先の衆院選で少数与党に陥った石破政権と、躍進した野党との本格的な国会論戦が週明けから始まる。今回の有権者の判断や、注目を集める国民民主党の今後など、政局の展望について政治学者の秦正樹・大阪経済大准教授(36)に聞いた。(時事通信政治部 眞田和宏)
「是々非々」が世論の総意
〈10月27日投開票の衆院選で自民、公明両党は215議席にとどまり、過半数の233議席に達しなかった。これに対し立憲民主党は公示前から50議席増の148議席、国民民主党は4倍増の28議席に。秦氏はインターネットを使った有権者の意識調査を実施した。投開票日前の調査の有効回答は3512人。選挙後には追跡調査を行い2182人から回答を得た。〉
―衆院選の結果をどう見るか。
調査で政権交代はときどき起きた方がよいと思うかを聞いたところ、「そう思う」が33%、「ややそう思う」が27%。6割は政権交代を望んでいた。さらに、自民に対抗できる野党が必要だと思うかを聞くと、80%近くが必要と答えた。基本的には政権交代を望む有権者が多く、自公過半数割れは有権者が望んだ結果だと言える。選挙後の追跡調査でも全体として6割ほどが自公過半数割れを「よかった」と回答している。
一方、「野党は与党を批判することよりも対話と対案を示すことに重点を置くべきだ」という設問では「そう思う」と「ややそう思う」は合計で71.5%に上った。支持政党は関係なく、野党の「是々非々」路線が世論の総意になっていると言っていい。
国民民主は政策実現を第一に掲げ、対立でなく政策という姿勢は一本筋が通っており、有権者に評価されたのではないか。
―国民民主が支持を集めたのはなぜか。
今回いきなり「花咲いた」というわけではない。2022年参院選での、ある報道機関の出口調査で、ほとんどの世代で投票先の上位が自民、立民、維新だったが、10~20代だけは維新ではなく国民民主だった。若い人の間ではその芽があったと言える。
自民派閥の裏金問題で、これまで自民に投票してきた人たちが国民民主という選択肢を見る機会となった。野党の中で主要な選択肢となるのは事実上、立民、日本維新の会、国民民主だ。今回は結果的に維新はそこから消え、立民か国民民主の二択になった。国民民主が勝ちやすい構造になっていた。
―維新が選択肢として消えたのはなぜか。
馬場伸幸代表の好感度や認知度が極端に低いのと、党運営への不信感からだ。各党の党首らの好感度を調査したが、他党の党首と比べ馬場氏はかなり低く、そもそも維新の代表が誰か知らないとする人も4割に上った。
党運営については、今年の通常国会での政治資金規正法改正の議論で、維新が衆院で与党案に賛成したことは多くの有権者にとって納得できるものではなかった。参院で反対に回ったとはいえ、維新は自民と「同じ穴のムジナ」とみなされたのだと思う。
維新が参院で与党案に反対したのは、自分たちが求めた調査研究広報滞在費(旧文通費)改革を自民が聞いてくれなかったからだ。法案の良しあしではなく、自分たちの要求を聞いてくれなかったから反対した、というのは、是々非々を求める有権者からすれば「わがまま」にしか見えなかったのではないか。
立民・国民「勝利」に違い
―立民も議席を大幅に伸ばした。
比例代表について投票日前日までの4日間(10月23~26日)で約900サンプルずつ取って調べたところ、終盤にかけて自民が失速して立民が伸びた。自民が、非公認とした候補が代表を務める党支部に2000万円を支給した問題が発覚した頃だ。
自民の「比例得票率」が時間を追うごとにどうなっているか調べ、回帰直線にすると、投票日前日まで右肩下がりとなった。あくまで統計学的な推定結果だが、1時間ごとに0.08%ずつ得票率が減っていた計算になる。裏金問題でもともと低いトレンドに加え、2000万円問題があり、さらに自民を支持できない世論が醸成された。
立民は50議席増だが、比例では6議席しか増えていない。44議席は小選挙区での勝利だ。野党共闘もせずに小選挙区でこれだけ勝てたのは大きな成果だが、立民が積極的に支持されたとは言いがたい。
国民民主は小選挙区への擁立数が少なく、比例で国民民主に投じた有権者の(小選挙区での)選択肢としては、立民にならざるを得ない選挙区も多かった。自公以外で勝てそうな次善の候補に入れる「戦略投票」に助けられて、立民は小選挙区で勝てたのだと思う。部分的にではあるが、野党支持者の間で実質的な「野党共闘」が起きていたとも言えるだろう。
立民は本質的な意味では勝ててはおらず、候補者を一番多く出していたことが効いて漁夫の利を得たに過ぎないとも言える。国民民主が積極的な支持を得たのとは構造的に違いがあった。
―追跡調査では何が分かったのか。
例えば選挙結果について「どういう気持ちか」を聞いてみた。怒りや喜び、悲しみ、不安などを聞くと当然、喜びや悲しみの感情は投票した政党の勝敗によって異なる。
興味深かったのは、どの政党に投票した人も共通して「不安」が一番強い感情だった。(2009年の)民主党への政権交代が起こった時は有権者に一種の高揚感があり、不安を上回る期待があったが、今回は与党が過半数割れしても期待はなく不安な気持ちしかないことが現れている。自民党への不信感もさることながら、野党もまとまっていないことも不安を増幅させる要因だろう。
国民民主は自転車操業
―国民民主への支持は続くか。
来年夏の参院選まで有権者の期待感はある程度あるだろうが、それも長くは続かない可能性が高いと考えている。
今回、国民民主が支持されたのは「103万円の壁」見直しを訴えたことが大きいが、それを達成したら、有権者は国民民主に価値を見いだしにくくなる。
国民民主は所得税の基礎控除などを103万円から178万円に引き上げることを主張しているが、引き上げ幅が主張通りになるかは分からない。与党との協議で強固に178万円への引き上げを主張し続けるなど強引な姿勢を示しすぎると「是々非々」ではなく「反対野党」に見えてしまうリスクも抱えている。
一方、維新は旧文通費改革や「身を切る改革」を打ち出し、21年衆院選などで支持を得てきた。しかしその後、旧文通費改革は実現できておらず、さらに同じ野党の側にまで批判を向けて足並みをそろえないなどの奇妙なスタンドプレーが目立ち、有権者の関心を失った。
国民民主がそれを避けるには、ある程度のところで政策は実現できたと決着をつけ、また別の政策メニューを持ってきて仕掛けるという「自転車操業」をしなければならない。「103万円の壁」に匹敵する新たな手を打ち出せるかどうかに懸かっている。ただ、それはなかなか難しいのではないか。
―国民民主の連立政権入りの可能性は。
報道機関の世論調査で「野党のままでいるべきか」「連立入りすべきか」「政策ごとの協力」を聞くと、「政策ごとの協力」が半数を占め、次いで「野党のまま」が3割強、「連立入り」は1割にすぎないという結果だった。
国民民主は今回、自民批判票で勝った政党だ。22年度政府予算に野党として異例の賛成をしたころからの支持者は連立入りに抵抗感は少ないだろうが、今回新たに国民民主に投票した人たちは意識がかなり違うのではないか。議席数で例えれば、公示前の7議席分の支持者は「連立与党(入り)やむなし」と考えるだろうが、今回増えた21議席分の支持者は「野党の方がいい」と割れるのではないか。
―石破首相の政権運営の今後は。
自民が単独過半数に届かなかった1996年衆院選の後、野中広務幹事長代理(当時)が新進党を切り崩し、単独過半数を回復させたことが思い起こされる。自民は権力に貪欲だ。手をこまねいて少数与党に甘んじているとは考えづらい。参院選に向けて野党の切り崩しに走る可能性も十分にあると予想している。
(2024年11月29日掲載)
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