大谷翔平のロサンゼルス・ドジャース1年目が、ほぼ最高の形で幕を閉じた。史上初のシーズン50本塁打・50盗塁達成。2年連続、4年間で3度目となるMVPを満票で受賞。ワールドシリーズ優勝。今や大谷は現役最高どころか、史上最高の野球選手ではないかと言われるまで評価を高めている。米新聞社でスポーツ記者を務めた経験もある日本人ジャーナリストが、アメリカが大谷をどう見ているかを忖度(そんたく)なしに解説する。(志村朋哉 在米ジャーナリスト)
メッシに並ぶ存在
ブラックフライデーの買い物をしようと、おしゃれなヘッドホンで有名な「ビーツ」のホームページを開いたら、すぐさま大谷の写真が飛び込んできた。
ページをスクロールしていくと、同じくビーツのヘッドホンを着けたリオネル・メッシとレブロン・ジェームズの写真が出てきた。メッシはサッカー、ジェームズはバスケットボールで、それぞれ史上最高の呼び声も高いアスリート。スーパースターの集まる米スポーツ界でも、知名度や人気、影響力などで5指には入るであろう特別な存在だ。
その2人と並んで起用されているのは、まさに大谷のステータスの象徴だといえる。
大谷がメジャーリーグデビューを果たした2018年、筆者は「大谷は全米を熱狂させてはいない」というコラムを寄稿した。確かに野球専門メディアでは大谷の二刀流は大きく取り上げられ、ファンも彼の才能を賞賛してはいたが、それはあくまで野球に興味のある層に限っての話だった。エンゼルスの地元でさえも、大谷という存在を知らない人の方が多かった。
日本のメディア、特にテレビなどが、大谷の活躍を安っぽい表現で大げさに報じることは、彼の偉業をおとしめることにもなりかねない。また、広大で多様なアメリカでは、世間に広く知れ渡るような社会現象は簡単には起きないことを伝えたかった。
3年後の21年、大谷はシーズンを通して、投打のそれぞれでトップレベルの二刀流をやり抜いた。ベーブ・ルース以来、1世紀以上ぶりとなる二刀流の出現に、米球界は沸いた。タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれた大谷は、メジャーリーグの「顔」となった。
それからさらに3年、大谷はアメリカ社会の階段を駆け上がり続けている。史上初となる3度の満票でのMVP受賞(2度も大谷しかいない)で、現役最高選手の地位を確固たるものにした。しかも、スポーツ史上最高額となる契約で、アメリカ屈指の人気スポーツチームに移籍。信頼していた通訳に日本円でおよそ26億円を盗まれるという大スキャンダルにも巻き込まれたが、その影響をみじんも感じさせずに「50―50」を軽々とやってのけた。
ハリウッドスターも興奮
アメリカで野球ネタが全米放送局のニュース枠で報じられるのは、ワールドシリーズ優勝が決まった時などに限られる。にもかかわらず、フィールド内外で話題に事欠かなかった今年の大谷は、幾度も取り上げられた。メジャー最強チームでプレーする現役最高選手である大谷は、人気の象徴でもあるユニホームの売り上げでも2年連続で1位に輝いている。もはや野球界は大谷を中心に回っているといっても過言ではない。
それどころか、大谷は米スポーツ界全体を見渡しても、最大のセレブリティ(知名度や人気、影響力のある有名人)になりつつある。アメフトやバスケなど他のメジャースポーツで、大谷ほど抜きん出た存在がいないのもあるだろう。メッシやジェームズも全盛期は過ぎている。
芸能ネタなどを扱うCBSの昼のトーク番組「The Talk」でも大谷が話題に上がった。80年代に人気を集めた俳優、ロブ・ロウが出演した回で、大谷に会ったときのことを語ったのだ。(2024年9月18日放送)
「彼と会ったときに冷静でいられた?」と司会者はロウに尋ねた。ロウのようなハリウッドスターであっても、緊張したり興奮したりしてしまうほどの存在として認識されているのである。
ロウがドジャースのロッカールームを訪ねたとき、大谷は半ズボン姿でいたという。ロウは自己紹介をしてファンであることを伝え、一緒に写真を撮ってもらえないかとお願いした。大谷は快諾。大谷がわざわざ全身ユニフォームに着替えてから写真に写ったことにロウは感銘を受けたと話した。
「彼の野球への敬意と細部へのこだわりを象徴していると思った。他にそんなことをするスーパースターがいると思う?」
その後、ロウが自分の席に行くと、近くに座っていた球団関係者に大谷からテキストメッセージが来て、「ロブと一緒に撮った写真を投稿しても大丈夫か」と聞いてきたという。司会者やスタジオの観客からは、「なんて素晴らしい対応なの」という感嘆の声が上がった。
公の場でほとんど英語を話すことのない大谷の人柄は、アメリカではあまり知られていない。そうなると、よほど野球に興味がない限り、人間性を評価して大谷のファンになるということは考えづらい。しかし、こうしたエピソードが、スポーツ好き以外の視聴するメディアやSNSで流れると、大谷のファン層はより拡大していくだろう。
また、人気歌手のマイケル・ブーブレは、自分の歌を大谷がポストシーズンで登場曲で使ったことに感激し、「ショウヘイ、一生応援するよ!#ドジャースファンにとってきょうは最高の日だ!」とインスタグラムに投稿した。
ブーブレは、友人の女性たちに大谷のすごさを語っている様子を映した動画も投稿した。
「大谷翔平は史上最高の選手の一人なんだ。そんな彼が、ものすごく重要な試合で、登場曲を僕の『Feeling Good』に変えたんだよ!」とブーブレは説明した。大谷の登場曲を聞いた友人たちから、「試合、見てる?」「すごいことだぞ!」など大量のテキストメッセージが送られてきたという。
大谷はアメリカのセレブが憧れるようなステータスを得ているのだ。少なくともここ20年くらいのメジャーリーグには、そこまでの存在はいなかった。
21世紀のマイケル・ジョーダン?
そうした特別な地位に上り詰めたアスリートの代表格は、マイケル・ジョーダンだろう。
90年代のNBAを席巻したジョーダンは、ナイキやゲータレードの宣伝に出演し、スポーツ好きでなくとも、テレビや街中で目にしない日はないほどだった。ナイキの広告塔として、スニーカーブームの火付け役ともなった。ジョーダンに憧れてバスケを始める子どもたちは数知れない。「ジョーダンのようになりたい」という白人の子が増えて、人種差別の改善にも一役買ったといわれるくらいだ。
スポーツに興味のない人が井戸端会議で話題にするような社会現象とまではいかないが、大谷のアメリカでの地位は着実に高まっている。このままいけば、大谷はジョーダンのように「全米を熱狂」させてしまうかもしれない。
そうなれば、大谷に憧れて野球を始める子どもも出てくる。アメリカで、アジア人の男性は「非力で頼りない」などといった偏見を持たれている。しかし、大谷になりたいという子どもが増えれば、そうした見方も変わっていくだろう。
大谷とスポンサー契約を結ぶニューバランスは、大谷が走るシルエットのシグネチャーロゴを発表した。ジョーダンがボールを持ってジャンプするナイキのロゴをほうふつとさせる。お世辞でも何でもなく、大谷ならジョーダンのような存在になる可能性は十分にある。
過小評価されていた二刀流
今季二刀流をしなかったにもかかわらず、これまで以上に大谷が話題になったのは、ドジャースに移籍したことが大きな要因だ。
同じロサンゼルスを名乗りながらも、市の中心部にあるドジャースと、実際には隣のオレンジ郡にあるエンゼルスとでは、人気に大きな差がある。プロや強豪大学のスポーツチームがひしめくロサンゼルスの中でも、ドジャースは特別な輝きを放ち、絶大な人気を誇る。
そして何より、ドジャースは毎年のように優勝を狙える強豪だ。ポストシーズン進出すらできないエンゼルスとはファンやメディアの注目度が比べ物にならない。筆者は現地の少年野球チームでコーチを務めているのだが、エンゼルス時代の大谷がどんなに活躍しようとも、ドジャースのムーキー・ベッツやヤンキースのアーロン・ジャッジの方に惹かれる野球少年は多かった。それが、大谷がドジャースに入って、17番をつけたがる子が増えた。子どもたちも強いチームの選手に憧れるのだ。
二刀流もドジャースでやり通せば、より脚光を浴びるだろう。「50ー50」は間違いなく歴史的快挙だが、21年から23年にかけての二刀流での活躍の方が驚異的だったと、ロサンゼルスの地方紙、オレンジ・カウンティ・レジスターで大谷を取材してきたジェフ・フレッチャー記者は語る。
「彼のパフォーマンスはずっと素晴らしかったけど、エンゼルスが強いチームではなかったため、そこまで注目されていなかった。今年はドジャースに移籍したことで、より多くの人が彼を目にして注目を集めたのはうれしいことだけど、これまでの二刀流としての活躍のほうが、今年よりもはるかに印象的だったと思う」
エンゼルスでプレーしていたことで、野球記者や熱狂的な野球ファン以外からは、大谷も二刀流も過小評価されていたと筆者も感じている。来季、大谷が投手としても活躍できれば、二刀流の価値が、真に世間で評価されることになるかもしれない。
期待されるポストシーズンでの活躍
年齢的に野球選手としてピークを迎えているであろう大谷は、来季もMVP最有力候補だ。
特に投手としての復帰には注目が集まっている。サイ・ヤング賞をとったこともある野球解説者のジェイク・ピービは、山本由伸やタイラー・グラスノーもいるドジャースのナンバーワン投手は大谷だと言い切る。サイ・ヤング賞も時間の問題だという。(MLB Tonight、11月22日放送)
「大谷翔平が本調子の時は、どんな投手にも匹敵すると断言できる。ザック・ウィーラーやゲリット・コールにも。これほどすごいピッチャーなのに、50-50も成し遂げているなんて、本当に驚異的だよ。間違いなく史上最高の野球選手として語り継がれるということ以外、言うことなんて何もない」
唯一の懸念は、健康状態だ。
2度目の肘の手術が投球に及ぼす影響は不明である。ワールドシリーズで痛めた左肩の手術を受けたことで、投手としての復帰時期が遅れるかもしれない。
ただし、順調にいけば、ドジャースは来季もワールドシリーズ優勝最有力候補である。サイ・ヤング賞を2度受賞している左腕ブレイク・スネルと5年総額1.82億ドル(約275億円)で契約し、先発投手陣は一層、厚みを増した。
連覇とともに大谷に期待されるのは、ポストシーズンでの活躍だ。今季のポストシーズンでの個人成績には、ファンだけでなく本人も物足りなさを感じたかもしれない。
スポーツ史に刻まれ、多くのファンの脳裏に焼きつく瞬間は大舞台や崖っぷちの勝負で生まれる。例えば、今年のワールドシリーズ第1戦でフレディ・フリーマンが放った逆転サヨナラ満塁ホームランを、ドジャースファンは一生忘れないだろう。
ジョーダンがあれだけの地位を築けたのも、圧倒的な個人成績を残しながら、チームを優勝に導き続けたからだ。6度の優勝の全てで、決勝シリーズ(NBAファイナル)のMVPにも選ばれている。98年のNBAファイナル第6戦で残り5.2秒で決めた逆転シュートなど、記憶に残るプレーも数知れない。
史上最高(The Greatest of All Time、略してG.O.A.T)と称されるアスリートは、優勝がかかった場面など大舞台になればなるほど力を発揮する。大谷も例外ではない。
23年のワールド・ベースボール・クラシック決勝戦で見せたような二刀流での活躍をポストシーズンでも見せれば、その映像はテレビやSNSでも繰り返し流れ、野球に興味のない人の目にも触れ、人々の記憶に刻まれるはずだ。
ワールドシリーズでヤンキースとの名門対決が再び実現し、そこでコールからホームランを打った直後に、ジャッジから三振を奪う。そんな大谷の姿がいつか見られるかもしれない。
志村朋哉 米カリフォルニア州を拠点に、英語と日本語の両方で記事を書くジャーナリスト。5000人以上のアメリカ人にインタビューをしてきて、米国の政治・経済や文化、社会問題に精通する。地方紙オレンジ・カウンティ・レジスターとデイリープレスで10年間働き、米報道賞も受賞した。大谷翔平のメジャーリーグ移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者も務めていた。著書『ルポ 大谷翔平』、共著『米番記者が見た大谷翔平』(朝日新書)
(2024年11月30日掲載)