少し前の話だが、ユニクロの柳井正会長(ファーストリテイリング会長兼社長)の発言が、ネットやメディア上で話題になったことがあった。柳井氏は民放テレビ番組のインタビューで衰退する日本経済について語り、「このままでは日本人は滅びる」との見解を示した。そして「少数の若者で大勢の高齢者を支えるためには、少数精鋭で労働生産性を上げ、海外からの移民や知的労働者を増やすべきだ」と述べた。この中の「海外からの移民を増やすべし」との発言に関しては、主として保守的な考えを持つ人々から強い反発が巻き起こると同時に、柳井氏のような財界の方々からは擁護する意見も出された。

労働生産性が低い一番の理由

 筆者はこの手の言論、つまり「今の日本はヤバい!」と危機感をあおった上で、その対策として「労働生産性の向上」だの「移民拡大」だの「知的労働者の拡大」だのを主張するビジネスマンたちの声を聞くたびに、誠にもってウンザリした気分になる。会社経営者としてのミクロな視点から、「マクロな経済」について上から目線で意見を言うその傲慢(ごうまん)な態度に、へきえきしてしまうのだ。

 そもそも会社経営のミクロな論理は、マクロな経済政策には全く通用しない。柳井氏の指摘を聞く限り、経済成長のための経済財政政策についてはまったくの素人だと指摘せざるを得ない。にもかかわらず、上から目線で移民を入れろだの、少数精鋭で生産性を上げろだのと言うのは、筋違いも甚だしい。

 現下の労働生産性が低い原因は、供給側にあるというよりも、まず需要が少ないこと(デフレ)にある。こうしたマクロ経済のいろはの「い」というべき基本認識が、柳井氏には欠けている。裕福な客が多いところで商売すれば売り上げが増え、結果的に労働生産性が上がるが、貧しい客しかいないところでは、たとえ全く同じ商店であっても売り上げが伸びず、労働生産性は下げるほかない。デフレの今、労働生産性を上げるためには、消費税減税や公共投資拡大などを通して内需を拡大し、「高圧経済」状況をつくり、デフレ脱却を果たす以外にない。

 しかもそうすれば1人あたりの所得も納税額・社会保険料も拡大し、限られた労働人口でより多くの高齢者を支えることも可能となる。同時に日本の経済規模も拡大し、「日本が滅びる」という事態を回避することが可能となるのだ。

デフレ下で移民を拡大したらどうなるか

 デフレ状況を放置したまま、柳井氏の言うように移民を拡大すれば、労働市場の供給量が増え、平均的な賃金は必然的に下落する。結果、長期的に各業界の人手不足はかえって加速すると同時に、平均賃金の下落を通して民需は縮小し、デフレが加速し、ますます労働生産性も経済規模(GDP)も下落する。

 ちなみに高額所得の移民だけを拡大したとしても、労働市場の供給量が増える以上、(その移民によって、よほどの抜本的輸出拡大でも生じない限り)プロセスの帰結は同じだ。それどころか平均賃金が下落する中、各企業が無理をして高額所得者の移民の受け入れ拡大を行った場合、日本人労働者の賃金が相対的にさらに下落し、賃金格差が拡大し、(高額所得者の方が、消費性向が低いが故に)それを通して必然的にデフレはさらに加速することとなろう。

 しかも、「移民拡大」のいたずらな加速は、社会秩序の劣化を招くこともまた不可避だ。おおよそ移民というものは単なる「労働力」ではない。彼らは「一人の労働者」であると同時に、われわれと異なる生活習慣や文化や宗教を持つ「一人の人間」である。したがって、あらゆる社会・国家において移民を引き受けることができるキャパシティ(容量)というものがあるのだ。それを超過して移民を引き受ければ、移民によるメリットをはるかに上回るデメリットが社会にもたらされる。実際、トランプ氏が前々回の米大統領選で勝利したのも、イギリスが欧州連合(EU)を離脱したのも全て、移民によるデメリットが極めて深刻な水準に至ったからである。

 今や世界の政治や経済のトレンドを知る人間にとって、移民問題こそが最大の問題の一つになっていることは常識の範疇(はんちゅう)にある。柳井氏はそうした世界の現実をわきまえた上で発言されたのだろうか? 私にはそのようには思えない。安易に移民に頼ることは、日本の崩壊をさらに加速させかねない愚策である。だからこそ、柳井氏の発言はネット上で大きな反発を呼ぶことになったのだ。

 ユニクロの世界的成功は、「経営者」として賞賛されるべき偉業の一つではあるのだろう。しかしだからといって、その影響力は大きいだけに、生半可な知識でマクロ経済や移民政策にまで口を出すべきではない。それはさながらスポーツの世界や小さな蛸壺(たこつぼ)のような学会の中だけで大成功した者が、あらゆる政治経済問題に軽率に口を出し、炎上し続ける滑稽な姿と何ら変わらないのではないか。(2024年12月3日掲載)

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藤井 聡(ふじい さとし)

京都大学大学院工学研究科教授、1968年生。京都大学卒業後、スウェーデン・イエテボリ大学心理学科客員研究員、東京工業大学教授等を経て現職。2012年から2018年まで安倍内閣内閣官房参与。専門は、国土計画・経済政策等の公共政策論。文部科学大臣表彰等、受賞多数。著書「ゼロコロナという病」「こうすれば絶対良くなる日本経済」「大衆社会の処方箋」「列島強靭化論」等多数。テレビ、新聞、雑誌等で言論・執筆活動を展開。東京MXテレビ「東京ホンマもん教室」、朝日放送「正義のミカタ」、関西テレビ「報道ランナー」、KBS京都「藤井聡のあるがままラジオ」等のレギュラー解説者。2018年より表現者クライテリオン編集長。