会社の命令で仕事のために全国各地に転居する「転勤」。日本企業では一般的な制度ですが、実は就活生や社会人のそれぞれ半数が、転勤がある会社は避けたいと感じていることが民間調査で分かりました。背景には何があるのか。働く人の声や企業の取り組みから探りました。(時事ドットコム取材班 )
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転勤が企業選びを左右?
企業選びの真っただ中にいる就活生は転勤についてどう考えているのか。10月中旬、就活情報会社「マイナビ」が横浜市で開催した2026年卒向けの企業研究イベントに足を運んだ。
「転勤したくない」と首を振るのは鉄道会社志望の男子学生。「親が転勤族で、転校や父の単身赴任を経験した。将来結婚して子どもができた時のことを考えると、環境がころころ変わるのはかわいそうかな」と話す。メーカー志望の女子学生は「会社を決める上で、転勤があるかどうかは大切ですね。両親が高齢なので、手伝いや将来の介護を考えると転勤の多い会社は避けたい」と語った。
また、「自分で住むところを決めたい」「意向を聞かれずに急に転勤させられるのは理不尽」との意見もあったほか、同じ金融業界でも「転勤のある大手から地元の信用金庫に志望を変えた」と話す学生もいた。
「抵抗ない」派の意見は
一方で、転勤を肯定的に受け止める声も聞かれた。映画業界などを目指す女子学生は「働く場所にこだわりはなく、やりたい仕事かどうかや給与面を重視している」と説明。商社に関心がある男子学生は「あまり抵抗はないです。新しい土地でいろいろな価値観を持つ人に出会えるのも魅力だし、成長できそう」と語った。取材に応じてくれた学生のうち、転勤否定派が8割、肯定派は2割だった。興味のある仕事かどうかに加え、今の学生の企業選びには転勤の有無が大きく関わっているようだ。
記者が会場を歩くと、ブースに「全国転勤なし」や「希望のない転勤なし」と大きく掲げている企業をいくつか見掛けた。住宅リフォーム会社の人事担当者は、「学生が転勤を意識していることは肌で感じる。希望に沿わない転勤はないことを丁寧に説明し、アピールしています」と話した。
2人に1人が「転勤あり」を回避
パーソル総合研究所は24年2~3月、20~50代の正社員1800人と就活生175人に転勤に関する調査を行った。転勤がある会社への応募・入社を避けると答えた人の割合は、社会人(中途入社した場合を想定)では49.7%、就活生では50.8%となり、2人に1人は転勤のある会社を避けることが明らかになった。
正社員1800人に転勤にどんな不安があるかを複数回答で尋ねると、「希望しない場所への配属」が44.3%で最多。回答者の属性別に分析したところ、子どもがいない既婚者は「配偶者の仕事」、子を持つ人では「子どもの教育環境」を挙げる割合が高かった。
また、転勤がある企業に勤める総合職1240人のうち、「不本意な転勤を受け入れるくらいなら会社を辞める」と考えている人は4割弱に上った。特に、20代男性や20~40代の女性、そして自分を市場価値が高い人材だと認識している回答者の場合、そうした傾向が強かった。実際に離職した人の理由としては「希望と合わなかった」「手当などのメリットが不十分」「家族への気兼ね」などを挙げる人が多かった。
同社の砂川和泉研究員は「居住地や自分らしさ、家族との時間を重視する人は、不本意な転勤をするくらいなら退職を選ぶ傾向がある。企業は転勤制度を見直す必要を迫られている」と分析する。
夫の転勤、キャリア・育児に悩む妻
突然の異動辞令は本人だけでなく、家族へも影響を及ぼす。営業職の夫と子ども2人と暮らす30代の女性会社員の家庭では10月、夫の転勤話が急きょ浮上した。女性は「6歳の子は今年小学生になったばかりで、3歳の子も保育園に通っている。友達がいる環境を変えるのはかわいそうだし、新しい土地で保育園や学童保育を探すのは大変」と不安になったという。
引っ越しとなれば数年前に購入したマンションをどうするかも悩みの種。女性と子どもが今の住居に留まり、夫が単身赴任する選択肢もあるが、そう簡単ではない。女性は今の職場で商品企画を9年担当しており、年に数回は海外出張をこなす。「ワンオペ育児になるなら出張がある今の部署から異動するしかないが、希望した仕事でこれまで経験を積み上げてきた。夫の転勤によって私自身のキャリアも宙に浮いてしまっている」と語る。
転勤制度への思いを尋ねると、「家庭の状況に応じて『転勤なし』を選べるようになってほしい。男性側に転勤が前提の働き方をされると、女性側があおりを受けることが多い。『女性はすぐ辞める』『もっと活躍してほしい』という圧力はあるのに、きちんとした制度がない」と訴えた。
「転勤強制の廃止」で悲しい退職ゼロに
働き手の価値観や家庭事情の変化を受け、金融機関やインテリア企業などでは転勤制度の見直しが進んでいる。保険業界で他社に先駆けて「望まぬ転勤の廃止」に取り組んだAIG損害保険(東京都港区)では、2018年の合併に伴う人事制度の統合の過程で、転勤見直しの議論が持ち上がった。人事部長の牧野祥一さんは「パートナーの転勤や介護といったやむを得ない事情で辞めてしまう社員がおり、こうした悲しい退職を減らしたかった」と振り返る。
19年4月に旧来の転勤制度を廃止し、社員がライフステージに合わせて、転勤を受け入れる「Mobile社員」か、希望エリアのみで働く「Non-Mobile社員」かを選べる新制度を導入。全国を11エリアに分け、社員は勤務地として希望するエリアと都道府県を申告可能とした。Non-Mobile社員は希望エリア内でのみ働き、都道府県単位の希望も可能な限り考慮される。一方、Mobile社員は希望と異なる異動を命じられることもあるが、その場合は月15万円の手当と家賃補助を受け取れる仕組みだ。
現在、対象である約4000人いる総合職のうち、65%がNon-Mobile社員。希望エリアに偏りはあるものの、Mobile社員の異動で調整できており、業務に支障は出ていない。ただ、「組織の硬直化」という課題も見えてきたそうで、「ずっとメンバーが変わらない事業所では、マンネリ化などで営業成績が落ちてしまうことがある」と牧野さん。人を入れ替えて活性化する必要性を感じ、任期制を取り入れる予定だ。
社員の希望に沿った転勤制度を導入できたAIG損保には、他企業から「どうやって実現したのか」と多くの問い合わせが寄せられているという。牧野さんは「全国転勤型の国内企業がどこも同様の制度をつくってくれたら、日本から悲しい退職をなくせるのでは」と期待を寄せた。
「確かな見返り」で転勤に付加価値を
そもそもなぜ日本企業では転勤制度が根付いたのか。ニッセイ基礎研究所の河岸秀叔研究員は、職務や勤務地を定めず新卒を一括採用する、日本の「メンバーシップ型雇用」との関連を指摘。「人材育成としていろいろな部署で社員に経験を積ませたり、事業上の都合から空いたポストに人材を配置したりすることが企業にとって一般的で、こうしたやり方を進めるためには転勤は必要な仕組みだった」と説明する。
河岸研究員によると、転勤制度は夫婦のどちらかが働き、家族帯同での赴任が当たり前だった時代に設計されたもので、現代の家族の形には合わなくなってきた。「共働きをしながら育児や親の介護をする家庭が増え、転勤が家族に与える負担が以前よりも増している」という。
日本の転勤制度はどう変わっていくべきなのか。先に紹介したパーソル総合研究所の砂川和泉研究員は、「昔は、将来の昇進や自分の成長につながるという期待が転勤を受け入れるモチベーションになっていたが、今はこうした不確実なメリットは転勤受諾につながりにくい」と分析。十分な金銭的手当や本人がやりたい仕事内容への変更といった「確かな見返り」を用意し、転勤の負担感を軽減させる対応が求められるという。
時代に合った働き方として、砂川研究員はフルリモート勤務への移行や、一時的な「転勤なしコース」の設定などを提案する。フルリモート勤務については、「人と会わない働き方は個人の好みも分かれる上、社内の人間関係構築がうまくいかなくなるケースもあるため、企業側のフォローが不可欠だ」と強調。転勤なしコースを導入する場合は待遇面の配慮が重要とし、「転勤なしの社員の給与を下げた場合、やる気の低下につながることが分かってきた。むしろ転勤受諾者に手当を上乗せして、モチベーションを維持してもらう対応が有効でしょう」とアドバイスした。
この記事は、時事通信社とYahoo!ニュースの共同連携企画です。