大谷翔平のロサンゼルス・ドジャース1年目が、ほぼ最高の形で幕を閉じた。史上初のシーズン50本塁打・50盗塁達成。2年連続、4年間で3度目となるMVPを満票で受賞。ワールドシリーズ優勝。今や大谷は現役最高どころか、史上最高の野球選手ではないかと言われるまで評価を高めている。米新聞社でスポーツ記者を務めた経験もある日本人ジャーナリストが、アメリカが大谷をどう見ているかを忖度(そんたく)なしに解説する。(志村朋哉 在米ジャーナリスト) メッシに並ぶ存在 ブラックフライデーの買い物をしようと、おしゃれなヘッドホンで有名な「ビーツ」のホームページを開いたら、すぐさま大谷の写真が飛び込んできた。 ページをスクロールしていくと、同じくビーツのヘッドホンを着けたリオネル・メッシとレブロン・ジェームズの写真が出てきた。メッシはサッカー、ジェームズはバスケットボールで、それぞれ史上最高の呼び声も高いアスリート。スーパースターの集まる米スポーツ界でも、知名度や人気、影響力などで5指には入るであろう特別な存在だ。 その2人と並んで起用されているのは、まさに大谷のステータスの象徴だといえる。 大谷がメジャーリーグデビューを果たした2018年、筆者は「大谷は全米を熱狂させてはいない」というコラムを寄稿した。確かに野球専門メディアでは大谷の二刀流は大きく取り上げられ、ファンも彼の才能を賞賛してはいたが、それはあくまで野球に興味のある層に限っての話だった。エンゼルスの地元でさえも、大谷という存在を知らない人の方が多かった。 日本のメディア、特にテレビなどが、大谷の活躍を安っぽい表現で大げさに報じることは、彼の偉業をおとしめることにもなりかねない。また、広大で多様なアメリカでは、世間に広く知れ渡るような社会現象は簡単には起きないことを伝えたかった。 3年後の21年、大谷はシーズンを通して、投打のそれぞれでトップレベルの二刀流をやり抜いた。ベーブ・ルース以来、1世紀以上ぶりとなる二刀流の出現に、米球界は沸いた。タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれた大谷は、メジャーリーグの「顔」となった。 それからさらに3年、大谷はアメリカ社会の階段を駆け上がり続けている。史上初となる3度の満票でのMVP受賞(2度も大谷しかいない)で、現役最高選手の地位を確固たるものにした。しかも、スポーツ史上最高額となる契約で、アメリカ屈指の人気スポーツチームに移籍。信頼していた通訳に日本円でおよそ26億円を盗まれるという大スキャンダルにも巻き込まれたが、その影響をみじんも感じさせずに「50―50」を軽々とやってのけた。 ハリウッドスターも興奮 アメリカで野球ネタが全米放送局のニュース枠で報じられるのは、ワールドシリーズ優勝が決まった時などに限られる。にもかかわらず、フィールド内外で話題に事欠かなかった今年の大谷は、幾度も取り上げられた。メジャー最強チームでプレーする現役最高選手である大谷は、人気の象徴でもあるユニホームの売り上げでも2年連続で1位に輝いている。もはや野球界は大谷を中心に回っているといっても過言ではない。 それどころか、大谷は米スポーツ界全体を見渡しても、最大のセレブリティ(知名度や人気、影響力のある有名人)になりつつある。アメフトやバスケなど他のメジャースポーツで、大谷ほど抜きん出た存在がいないのもあるだろう。メッシやジェームズも全盛期は過ぎている。 芸能ネタなどを扱うCBSの昼のトーク番組「The Talk」でも大谷が話題に上がった。80年代に人気を集めた俳優、ロブ・ロウが出演した回で、大谷に会ったときのことを語ったのだ。(2024年9月18日放送) 「彼と会ったときに冷静でいられた?」と司会者はロウに尋ねた。ロウのようなハリウッドスターであっても、緊張したり興奮したりしてしまうほどの存在として認識されているのである。 ロウがドジャースのロッカールームを訪ねたとき、大谷は半ズボン姿でいたという。ロウは自己紹介をしてファンであることを伝え、一緒に写真を撮ってもらえないかとお願いした。大谷は快諾。大谷がわざわざ全身ユニフォームに着替えてから写真に写ったことにロウは感銘を受けたと話した。 「彼の野球への敬意と細部へのこだわりを象徴していると思った。他にそんなことをするスーパースターがいると思う?」 その後、ロウが自分の席に行くと、近くに座っていた球団関係者に大谷からテキストメッセージが来て、「ロブと一緒に撮った写真を投稿しても大丈夫か」と聞いてきたという。司会者やスタジオの観客からは、「なんて素晴らしい対応なの」という感嘆の声が上がった。 公の場でほとんど英語を話すことのない大谷の人柄は、アメリカではあまり知られていない。そうなると、よほど野球に興味がない限り、人間性を評価して大谷のファンになるということは考えづらい。しかし、こうしたエピソードが、スポーツ好き以外の視聴するメディアやSNSで流れると、大谷のファン層はより拡大していくだろう。 また、人気歌手のマイケル・ブーブレは、自分の歌を大谷がポストシーズンで登場曲で使ったことに感激し、「ショウヘイ、一生応援するよ!#ドジャースファンにとってきょうは最高の日だ!」とインスタグラムに投稿した。 ブーブレは、友人の女性たちに大谷のすごさを語っている様子を映した動画も投稿した。 「大谷翔平は史上最高の選手の一人なんだ。そんな彼が、ものすごく重要な試合で、登場曲を僕の『Feeling Good』に変えたんだよ!」とブーブレは説明した。大谷の登場曲を聞いた友人たちから、「試合、見てる?」「すごいことだぞ!」など大量のテキストメッセージが送られてきたという。 大谷はアメリカのセレブが憧れるようなステータスを得ているのだ。少なくともここ20年くらいのメジャーリーグには、そこまでの存在はいなかった。 21世紀のマイケル・ジョーダン? そうした特別な地位に上り詰めたアスリートの代表格は、マイケル・ジョーダンだろう。 90年代のNBAを席巻したジョーダンは、ナイキやゲータレードの宣伝に出演し、スポーツ好きでなくとも、テレビや街中で目にしない日はないほどだった。ナイキの広告塔として、スニーカーブームの火付け役ともなった。ジョーダンに憧れてバスケを始める子どもたちは数知れない。「ジョーダンのようになりたい」という白人の子が増えて、人種差別の改善にも一役買ったといわれるくらいだ。 スポーツに興味のない人が井戸端会議で話題にするような社会現象とまではいかないが、大谷のアメリカでの地位は着実に高まっている。このままいけば、大谷はジョーダンのように「全米を熱狂」させてしまうかもしれない。 そうなれば、大谷に憧れて野球を始める子どもも出てくる。アメリカで、アジア人の男性は「非力で頼りない」などといった偏見を持たれている。しかし、大谷になりたいという子どもが増えれば、そうした見方も変わっていくだろう。 大谷とスポンサー契約を結ぶニューバランスは、大谷が走るシルエットのシグネチャーロゴを発表した。ジョーダンがボールを持ってジャンプするナイキのロゴをほうふつとさせる。お世辞でも何でもなく、大谷ならジョーダンのような存在になる可能性は十分にある。 過小評価されていた二刀流 今季二刀流をしなかったにもかかわらず、これまで以上に大谷が話題になったのは、ドジャースに移籍したことが大きな要因だ。 同じロサンゼルスを名乗りながらも、市の中心部にあるドジャースと、実際には隣のオレンジ郡にあるエンゼルスとでは、人気に大きな差がある。プロや強豪大学のスポーツチームがひしめくロサンゼルスの中でも、ドジャースは特別な輝きを放ち、絶大な人気を誇る。 そして何より、ドジャースは毎年のように優勝を狙える強豪だ。ポストシーズン進出すらできないエンゼルスとはファンやメディアの注目度が比べ物にならない。筆者は現地の少年野球チームでコーチを務めているのだが、エンゼルス時代の大谷がどんなに活躍しようとも、ドジャースのムーキー・ベッツやヤンキースのアーロン・ジャッジの方に惹かれる野球少年は多かった。それが、大谷がドジャースに入って、17番をつけたがる子が増えた。子どもたちも強いチームの選手に憧れるのだ。 二刀流もドジャースでやり通せば、より脚光を浴びるだろう。「50ー50」は間違いなく歴史的快挙だが、21年から23年にかけての二刀流での活躍の方が驚異的だったと、ロサンゼルスの地方紙、オレンジ・カウンティ・レジスターで大谷を取材してきたジェフ・フレッチャー記者は語る。 「彼のパフォーマンスはずっと素晴らしかったけど、エンゼルスが強いチームではなかったため、そこまで注目されていなかった。今年はドジャースに移籍したことで、より多くの人が彼を目にして注目を集めたのはうれしいことだけど、これまでの二刀流としての活躍のほうが、今年よりもはるかに印象的だったと思う」 エンゼルスでプレーしていたことで、野球記者や熱狂的な野球ファン以外からは、大谷も二刀流も過小評価されていたと筆者も感じている。来季、大谷が投手としても活躍できれば、二刀流の価値が、真に世間で評価されることになるかもしれない。 期待されるポストシーズンでの活躍 年齢的に野球選手としてピークを迎えているであろう大谷は、来季もMVP最有力候補だ。 特に投手としての復帰には注目が集まっている。サイ・ヤング賞をとったこともある野球解説者のジェイク・ピービは、山本由伸やタイラー・グラスノーもいるドジャースのナンバーワン投手は大谷だと言い切る。サイ・ヤング賞も時間の問題だという。(MLB Tonight、11月22日放送) 「大谷翔平が本調子の時は、どんな投手にも匹敵すると断言できる。ザック・ウィーラーやゲリット・コールにも。これほどすごいピッチャーなのに、50-50も成し遂げているなんて、本当に驚異的だよ。間違いなく史上最高の野球選手として語り継がれるということ以外、言うことなんて何もない」 唯一の懸念は、健康状態だ。 2度目の肘の手術が投球に及ぼす影響は不明である。ワールドシリーズで痛めた左肩の手術を受けたことで、投手としての復帰時期が遅れるかもしれない。 ただし、順調にいけば、ドジャースは来季もワールドシリーズ優勝最有力候補である。サイ・ヤング賞を2度受賞している左腕ブレイク・スネルと5年総額1.82億ドル(約275億円)で契約し、先発投手陣は一層、厚みを増した。 連覇とともに大谷に期待されるのは、ポストシーズンでの活躍だ。今季のポストシーズンでの個人成績には、ファンだけでなく本人も物足りなさを感じたかもしれない。 スポーツ史に刻まれ、多くのファンの脳裏に焼きつく瞬間は大舞台や崖っぷちの勝負で生まれる。例えば、今年のワールドシリーズ第1戦でフレディ・フリーマンが放った逆転サヨナラ満塁ホームランを、ドジャースファンは一生忘れないだろう。 ジョーダンがあれだけの地位を築けたのも、圧倒的な個人成績を残しながら、チームを優勝に導き続けたからだ。6度の優勝の全てで、決勝シリーズ(NBAファイナル)のMVPにも選ばれている。98年のNBAファイナル第6戦で残り5.2秒で決めた逆転シュートなど、記憶に残るプレーも数知れない。 史上最高(The Greatest of All Time、略してG.O.A.T)と称されるアスリートは、優勝がかかった場面など大舞台になればなるほど力を発揮する。大谷も例外ではない。 23年のワールド・ベースボール・クラシック決勝戦で見せたような二刀流での活躍をポストシーズンでも見せれば、その映像はテレビやSNSでも繰り返し流れ、野球に興味のない人の目にも触れ、人々の記憶に刻まれるはずだ。 ワールドシリーズでヤンキースとの名門対決が再び実現し、そこでコールからホームランを打った直後に、ジャッジから三振を奪う。そんな大谷の姿がいつか見られるかもしれない。 志村朋哉 米カリフォルニア州を拠点に、英語と日本語の両方で記事を書くジャーナリスト。5000人以上のアメリカ人にインタビューをしてきて、米国の政治・経済や文化、社会問題に精通する。地方紙オレンジ・カウンティ・レジスターとデイリープレスで10年間働き、米報道賞も受賞した。大谷翔平のメジャーリーグ移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者も務めていた。著書『ルポ 大谷翔平』、共著『米番記者が見た大谷翔平』(朝日新書) (2024年11月30日掲載)
December 2024
「闇バイト」狙われる家は?対策は?◆警視庁キャップ解説
「日払い高収入」「ホワイト(合法)案件」といった言葉で人を集め、犯罪の捨て駒にする「闇バイト」の問題が深刻化しています。当初は特殊詐欺の「出し子」などが中心だった闇バイトが、なぜ命をも奪う凶悪事件を起こすようになったのか。身を守るにはどうしたらいいのか。最前線で取材を続ける社会部警視庁キャップに、「トクリュウ」と呼ばれる犯罪組織の実態と対策について解説してもらいました。(時事ドットコム取材班キャップ ) 【過去の特集▶】/ かつての舞台は「闇サイト」 2023年の「ユーキャン新語・流行語大賞」でもトップ10入りするなど、この数年間で急速に知られるようになった「闇バイト」。ただ、ネットを介して犯罪の協力者を募る行為自体は、数十年前から行われてきた。 例えば2007年には、「闇の職業安定所」というネット掲示板サイトで知り合った男3人が、名古屋市で女性会社員を拉致し、キャッシュカードなどを奪って殺害する「闇サイト殺人事件」が発生。当時、犯罪協力者を募る場所と言えばこうした「闇サイト」が主流だったが、その後次第に、ツイッター(現在のX)など一般のSNSでも募集が行われるようになっていった経緯がある。 言い換えで生まれた「闇バイト」 時事通信社会部・警視庁記者クラブの辻修平キャップによると、当初SNSで目立っていたのは、特殊詐欺の被害者から金品を直接受け取る「受け子」や、現金を引き出す「出し子」を募集する投稿だった。警察が警告文をリプライ(返信)する取り組みを始めると、こうした投稿はいったん激減したものの、今度は「U(受け子)募集」や「闇バイト」といった言葉に言い換えて募集が行われるようになったという。 「指定の高級腕時計を購入するだけで5万円」「家電購入アシスタント募集」―。警視庁特殊詐欺対策本部のX公式アカウント(@MPD_tokusagi)が警告の返信をしている投稿には、こうしたさまざまな「求人情報」が並ぶ。「即日即金」「闇バイトではありません」などと言葉巧みにアピールしているが、いったん応募すると身分証や顔写真、家族の情報などを要求され、犯罪に取り込まれていく「闇の入り口」だ。 この数年は、知能犯罪である特殊詐欺だけでなく、かつての闇サイト殺人を思わせるような短絡的で凶悪な強行事件を「闇バイト」が起こすようになってきた。特に、「ルフィ」などと名乗る指示役らによる広域強盗事件は広く報道され、海外から実行犯に指示を出し、時に脅して、約束した報酬も渡さず使い捨てにしていた異様な実態が明らかになった。 暗躍する「トクリュウ」 ルフィ事件のように、互いに本名を知らず、秘匿性の高いアプリなどを使って犯罪のときだけつながる犯罪者集団は「匿名・流動型犯罪グループ」(通称・トクリュウ)と呼ばれるようになった。首都圏の4都県では8月以降、複数の男が住宅に押し入る強盗事件が50件以上発生しているが、逮捕された実行役らの多くが「闇バイトに応募した」という趣旨の供述をしており、捜査当局は「トクリュウ」が関与しているとみて調べている。 闇バイトはなぜ、凶悪な強盗事件を起こすようになったのか。トクリュウは何者で、どうして突然台頭してきたのか。これまでの取材を踏まえ、辻キャップに解説してもらった。 ―まず、闇バイトが強盗事件を起こすようになったのはなぜなのでしょう。 トクリュウが「実行犯を育てなくなった」ということは言えるでしょう。家族や弁護士になりすまして電話をかける特殊詐欺の「かけ子」には、ある程度ノウハウや訓練が必要です。ところが、ルフィグループの場合は、新型コロナウイルス禍で海外との行き来が難しくなり、かけ子の要員をフィリピンに呼び寄せて、育成することが難しくなった。そこで、実行役さえ確保すればできる強盗事件を起こすようになったのではないかとみられています。 ―8月以降、闇バイトを使ったとみられる強盗事件が首都圏で相次ぐようになりました。犯罪のトレンドが、特殊詐欺から押し込み強盗にシフトしたのでしょうか。 トクリュウが関与する事件は特殊詐欺や強盗以外にも、SNSで勧誘する投資詐欺、ロマンス詐欺など多岐にわたります。特殊詐欺の認知件数は特に減少していませんから、「強盗事件にも手を広げるようになった」という方が実態に近いでしょう。 8月以降は、ルフィグループの摘発からある程度時間が経過して「ほとぼりが冷めた」と考えた別グループが、場当たり的に事件を起こすようになった可能性はあると思います。ハイリスクだったはずの強盗事件が、闇バイトを使い捨てにすれば「ノーリスク」になってしまった。指示役にしてみれば、やらない理由がないのかもしれません。 ―狙われる家に共通点はありますか。 強いて言えば「高齢者が住んでいる一戸建て」が目立ちます。「実行犯が逮捕されても替えはいる」と考え、大した事前情報もなく、襲いやすそうな家に手当たり次第に闇バイトを送り込んでいるのかもしれません。 ルフィグループは襲う相手について確度の高い情報を集め、実行役には事前に「日中は高齢男性1人」「自宅に多額現金あり」などと伝えていました。しかし、8月以降の事件では、闇バイトに応じた実行役がこれから自分が何をするのか、直前まで知らなかったり、強奪金が数万円程度にとどまったりするケースが目立っています。 「トクリュウ化」していく組織犯罪 ―トクリュウとは何者で、台頭する背景には何があるのでしょうか。 トクリュウという呼称はルフィ事件をきっかけに警察が便宜上名付けたものですが、この数年で急に現れたわけではありません。現代の犯罪者集団が、闇バイトやSNS、通信アプリを駆使して徹底的に捜査から逃れようとすると、自然とトクリュウ的になる…ということなのだと思います。 日本の組織犯罪と言えば、従来は暴力団が中心でした。組の看板や事務所を構えて、言わば「実名」で犯罪収益を得るわけですから、匿名で活動するトクリュウとは対照的な存在です。組織の全体像や活動実態が見えにくく、一つ一つの犯罪行為だけをみても「これはトクリュウだ」と明確に定義しにくいところもあります。 ―トクリュウの動きに変化はありますか。 「闇バイト」の実態が盛んに報道されるようになり、トクリュウ側から見れば、確実に人集めは難しくなっているはずです。そのためか、短期バイトの募集アプリで一般求人に紛れて募集を行うなど、手段の巧妙化が進んでおり、それに伴って闇バイトと気付かずに応募してしまう人も増えています。 強盗対策、「防犯フィルム」有効? 闇バイトの求人や強盗事件から身を守るためにはどうしたらいいのだろうか。 辻キャップは「『即日即金』や『高額バイト』といった言葉を使ったり、運転免許証などの提示を求めたりすることは通常の求人でもありうる」とした上で、事前に具体的な作業内容がはっきりしなかったり、不自然に高額だったりする求人は警戒すべきだと指摘。警察は闇バイトに応じてしまった人やその家族を保護する取り組みを強化しており、たとえ犯罪に加担してしまった場合も、できるだけ早く警察に助けを求めるようすすめる。 8月以降に発生した強盗事件では、戸建て住宅の窓を割って侵入する手口が目立つ。在宅時でも玄関や窓の鍵をかけるなど戸締まりの徹底はもちろんだが、窓を割られにくくするように、窓ガラスに防犯フィルムを貼ったり、サッシに補助錠を取り付けたりすることは有効だ。防犯カメラや人感センサーライトを設置することも効果的だという。 はびこる闇バイト、背景に「タイパ」 例え指示されて強盗事件に加担してしまった場合も、人を傷つければ「無期または6年以上の懲役」、死亡させれば「死刑または無期懲役」となる。辻キャップは「日給5万程度のアルバイトと思って応募したら、犯罪組織に脅されて抜け出せなくなり、気付けば人殺しまでしてしまうのが闇バイトの恐ろしさ」と語り、「入り口の気軽さと、結果の重大性の落差がものすごく大きい」と強調する。 闇バイトに応じてしまうのは、ギャンブルや「推し活」、スマホゲームの課金などで借金を抱えた10代~20代が目立つという。「コスパやタイパ(タイムパフォーマンス)を重視して、短時間で一発逆転を狙おうとする気持ちが、トクリュウに利用されている。都合のいい高額バイトを求める人がいなくなれば、闇バイト事件は自然と収束するはず」と語った。
軍の実力者、謎の失脚◇習近平政権最大の政変に
中国軍で習近平国家主席(中央軍事委員会主席)に抜てきされ、軍高官の人事を牛耳ってきた実力者が失脚した。軍内大派閥の中心人物だったこともあり、その粛清の衝撃は2023年秋の国防相解任よりはるかに大きく、10年以上続く習政権で最大の政変となった。(時事通信解説委員 西村哲也) 国防相以上の大物 中国国防省報道官は11月28日の定例記者会見で中央軍事委政治工作部の苗華主任(中央軍事委員)について、重大な規律違反の疑いを理由に「停職・検査」を決定したと発表した。中国の「反腐敗」は単なる不正摘発ではなく、権力闘争の手段であり、疑惑が公表された高官はその時点で失脚となる。 軍指導部メンバーの処分を公式メディアではなく、国防省報道官が発表するのは異例。高官の不正摘発で多い「規律・法律違反」ではなく、規律違反なので、主に政治的問題について調べられているとみられる。 苗主任は、政治規律違反や汚職で失脚した李尚福前国防相と同様、中国軍を統率する中央軍事委のメンバー。中央軍事委入りしていない董軍国防相より格が高い。 国防相は主に軍事外交を担当する儀礼的ポストだが、政治工作部主任は軍内の人事、組織、思想工作を取り仕切る実権を持つ。苗主任はこの要職を7年も務め、軍における習主席の影響力拡大を助けてきた。 苗氏の前任者だった張陽氏も17年、贈収賄などの疑いで調査対象となり、自殺した。張氏は習政権発足前に総政治部(政治工作部の前身)主任になった「外様」で、非主流派粛清の一環だった。また、中央軍事委副主席の経験者2人も粛清されたが、いずれも退役軍人で、江沢民元国家主席派だった。 軍以外でも、苗氏のように大組織の人事を握ったり、有力派閥を動かしたりする現役高官が失脚したことは、習政権下ではこれまでなかった。 大規模な戦争を経て成立した中国共産党政権では、軍が政局でも重要な役割を果たすので、政権トップにとって、軍を掌握できるかどうかは死活問題。それだけに、苗主任の失脚は政権全体を大きく揺さぶっている。 反腐敗闘争では通常、政権主流派の要人が対象になることはなく、習主席が重用した軍高官がなぜ粛清されたのかに関しては、謎が多い。 軍内「福建閥」の中核 中央軍事委は現在、トップの習主席と5人の軍人で構成。5人のうち、2人が中央軍事委副主席で、党指導部の政治局メンバーでもある。張又侠筆頭副主席(制服組トップ)は習主席の陝西省人脈に属し、同省出身だった両者の父親が革命時代の戦友だった。もう一人の副主席である何衛東氏は、軍内で大きな勢力になっている福建閥の筆頭格。福建省は、習主席がかつて17年も勤務した地方で、同省出身者は現政権で多くの要職を占めている。 副主席以外の中央軍事委員は苗主任と連合参謀部の劉振立参謀長、中央軍事委規律検査委員会の張昇民書記。李尚福前国防相もメンバーだったが、既に解任されている。 苗主任も福建閥の一員。しかも、何副主席と同じく、福建省の旧第31集団軍(複数の師団から成る大部隊)出身だ。今の地位は何副主席の方が高いが、年齢は苗主任(1955年生まれ)が2歳上。中央軍事委入りも苗主任が5年早かった。中央軍事委員ではなかった何氏がいきなり副主席に就任したのは、人事を担当する苗主任の意向だったとみられる。5大戦区の一つで、福建省を含む東部戦区の林向陽司令官(22年就任)も、かつて第31集団軍に所属していた。 軍内の福建閥は事実上、苗主任を中心に勢力を拡大してきたと思われる。 露骨な派閥人事 苗主任は変わった経歴の持ち主で、習政権1期目に旧蘭州軍区政治委員から海軍政治委員に異動。陸軍から海軍へ転籍した形となった。習主席が特に重視する海軍で習派をつくり上げるため、例外的な人事で送り込まれたようだ。 董国防相は、苗主任が政治委員として海軍全体の管理業務を担っていた時期に、海軍副参謀長として仕えた。その後、海軍司令官を経て国防相に昇格した人事(23年12月)は、苗主任が主導したとの見方が多い。同年夏には海軍の王厚斌副司令官が旧第2砲兵(ミサイル部隊)出身者以外で初めてロケット軍司令官に起用されている。 ただ、一連の人事は派閥色が濃過ぎて、軍内で反発を買ったのか、董国防相は歴代国防相と異なり、中央軍事委員になれず、国務委員(上級閣僚)を兼ねて国務院(内閣)指導部に入ることもできない状態が続いている。 董国防相については、英紙フィナンシャル・タイムズが11月26日、汚職容疑で調べられていると報じたが、国防省報道官は同28日の記者会見で「全くの捏造(ねつぞう)だ」と否定した。 軍人トップが反撃? これほど権勢を振るってきた苗主任を失脚に追い込んだのは、いったい誰なのか。中央軍事委で苗主任の上位にいるのは習主席、張副主席、何副主席の3人だが、何副主席は同じ福建閥で、苗主任の仲間であろう。 では、苗主任が力を持ち過ぎたため、習主席が軍内、政権内の権力バランスを取るため、泣いて馬謖(ばしょく)を斬ったのか。しかし、習主席は既に自分が抜てきした外相と国防相(いずれも国務委員兼任)を解任しており、さらに軍内で自分の代理人として重用してきた幹部を粛清すれば、党総書記・中央軍事委主席としての統治能力が疑われ、自らの権力基盤を弱めることになる。 となると、残るのは張副主席しかいない。張副主席はかつて、武器調達を担当する旧総装備部、その後身である装備発展部の部長を務めた。このため、ミサイル開発・調達に絡むとみられる一連の汚職摘発で、装備発展部長の後任だった李尚福前国防相ら、張副主席に近い軍高官が多数失脚して、苦境に追い込まれていた。 ところが、本欄「揺らぐ習近平1強のタカ派路線」(10月29日)で指摘したように、最近は異例のベトナム訪問などで存在感を増している。23年後半からの推移を振り返ってみると、張副主席が当初、ミサイル汚職摘発で政治的に劣勢になったものの、このところ盛り返しているように見える。 もし今回の苗主任失脚が張副主席の圧力によるものだとすれば、苗主任と緊密な関係にある前記の軍高官たちにも類が及び、激しい粛清が断行される可能性がある。 党内政局に影響も また、3期目の習政権では党内主流派の最強派閥も福建閥なので、軍内福建閥への打撃が党内政局に影響するかどうかも気になるところだ。党内福建閥の領袖(りょうしゅう)は党中央書記局筆頭書記(幹事長に相当)の蔡奇氏。最高指導部の政治局常務委員会での序列は7人中5位だが、その実力は浙江省人脈の筆頭である李強首相(序列2位)をしのぐといわれている。 蔡氏は筆頭書記としては異例の人事で、党中枢の事務を担う中央弁公庁主任を兼務。同主任は、総書記が地方や外国に行く時、随行するのが主な職務の一つだが、蔡氏は10~11月、習主席の福建、安徽、湖北3省視察に同行しなかった。 同時期のロシア、ペルー、ブラジル訪問には同行しているので、体が悪いわけではないようだ。蔡氏は中央で多くの仕事を抱えていることから、自分が単独で地方に行くことは少ないが、なぜ「本業」である習主席の地方視察同行もしなくなったのかは不明。職務内容に変更があったのかもしれない。 中国政局は一気に流動化しており、ウオッチャーの間では、次の党中央委員会総会(4中総会)がいつ開かれるのか、そこで重要な人事異動があるのかどうかが注目されている。 (2024年12月3日)
【やさしく解説】「年収の壁」◆違いは?手取りは?
連日ニュースで報じられている「年収の壁」の引き上げ。103万円のほかに106万円、130万円など、所得税や社会保険料の負担を巡る「壁」が幾重にも立ちはだかっている。これって一体何なんだろう?どうして、このような複雑な仕組みになってしまったのか、サラリーマンの手取りや年金にどのような影響を及ぼすのか。それぞれの「壁」について、改めて仕組みや課題をまとめた。(時事ドットコム取材班・編集委員 ) 【過去の特集▶】 103万円=税金の「壁」 ―103万円は何の境目? 「103万円の壁」は、年収が103万円を超えると所得税が課されることを指している。 所得税には、家族構成などに応じてさまざまな「控除」が適用され、年収から控除分を差し引いて課税の対象となる額が決まる。年間所得が2500万円以下ならすべての納税者が受けられる「基礎控除(最大48万円)」に加え、給与を企業から受け取る人には「給与所得控除(最低55万円)」があり、合わせると103万円。勤め人の場合、これを超えた所得分から所得税が発生する仕組みだ。 ―パートやアルバイトの話も聞くけれど。 かつては、企業の配偶者控除(最大38万円)が受けられなくなる基準も103万円だった。現在は、一定の基準を満たせば、150万円まで満額支給されるが、企業が手当などを支給する際に103万円の基準が一部で残っていることなども影響してか、今も主にパートタイムで働く人たちの「心理的な障壁」になっていると言われている。 103万円を少々超えて働いても、働く本人にかかる税額は小さい。 ただ、19歳以上23歳未満の学生らがアルバイトなどで103万円を超えると、生計を共にする親が63万円の「特定扶養控除」を受けられなくなり、親の手取り収入も減る問題が生じるので注意が必要だ。 社会保険料など別の要素とも相まって「働き控え」が定着して、世帯年収が上がらない要因の1つとされてきた。 年収500万円で約13万円の減税 ―103万円を引き上げると何が変わるのか? 2024年10月の衆院選で「103万円の壁」引き上げを公約に打ち出して躍進した国民民主党は、所得税が課される年収を103万円から178万円へと引き上げる案を主張している。大和総研の試算によれば、基礎控除を引き上げ、給与所得控除との合計額を178万円にした場合、年収が500万円の世帯は13.3万円、800万円の世帯は22.8万円の減税になるという。 178万円は、103万円に引き上げられた1995年と比較し、最低賃金が1.73倍に上昇したことから算出した。物価高の中で、手取りを増やす選挙公約は、先の衆院選で注目を集めた。 手取り増、「働き控え」改善にも期待 ―実現したら、どんな効果が期待できるのか。 減税を通じて手取りが増加するのは、物価高が生活を圧迫している家計には朗報だ。手取りが増えて、消費につながれば、経済全体が活性化するかもしれない。 近年、人手不足や政府の賃上げ政策により、最低賃金が上がってきている。時給が上がることは歓迎だが、一方で「年収の壁」があると、時給の上昇に伴い、働く時間を短くする「働き控え」がさらに進んで、人手不足が深刻になるケースも出てきていた。 帝国データバンクの調査(有効回答企業数1691社)では、「103万円の壁」の引き上げについて約68%が「賛成」と回答。企業からは「103万円の壁を意識するパートの方が多く、引き上げれば働き控えが解消される」(飲食店)と改善に期待を寄せる声が多かったという。 ただ、103万円の壁が取り除かれたとしても、106万円、130万円といったさらなる「壁」が待ち構えている。 106万円・130万円=社会保険の「壁」 ―「106万円の壁」も聞くけれど、違いは? こちらは、社会保険料の負担が発生する壁だ。パートなどで働く人が、一定の年収を超えると、扶養を外れて社会保険料の負担が発生し、手取りが減少するというもの。 従業員51人以上の企業などで働く人は、週の労働時間が20時間以上で、月額賃金が8万8000円、年収換算で106万円を超えるなどすると、厚生年金や健康保険を支払う必要がある。 従業員が50人以下の企業などで働く人も、年収が130万円を超えると、国民年金や国民健康保険の保険料支払いが生じる。 「106万円の壁」を巡っては、最低賃金が上昇したため、月額賃金を8万8000円に抑えようとして、働く時間をさらに減らそうという人が出ると、人手不足に拍車が掛かると懸念されている。 このため、厚生労働省の審議会が、106万円の年収基準を撤廃することなどを柱とした見直し議論を進めている。賃上げが進む中で、短時間働く人が「年収の壁」を意識して就業調整をせずに働ける環境づくりが重要だとしている。 手取りVS将来の年金 ―106万円の壁を撤廃したら、働く人への影響は? 厚生年金に入れば、将来の年金収入は増えるメリットもある。 ただ、社会保険料の支払いが増えて、直近の手取りが減ると、家計が厳しくなるという人もいるだろう。生活に困る人たちへは、支援策が必要だとの声が上がっている。 ―150万円から上にも、壁はあるの? 「配偶者特別控除」が受けられるかの境目にも「壁」がある。年収150万円を超えると配偶者特別控除が段階的に減額され、年収201万円を超えると控除が適用されなくなる。 税収、企業負担、課題は… ―国や地方の税収が減るという話も聞く。 政府は、「103万円の壁」を178万円に引き上げる国民民主党の案を採用すると、国と地方を合わせて7兆~8兆円程度の税収減を見込む。地方自治体にとっては、個人住民税や地方交付税で計約5兆円の収入減になるとみられる。 全国の指定都市で構成する指定都市市長会は、見直しについて「税収への影響が甚大であり、行政サービスの提供に支障を来す可能性がある」と懸念を表明。その上で「住民に必要な教育や子育て支援など基礎的行政サービスを提供するための地方税財源に影響を及ぼすことのないよう強く求める」と代替財源の確保を訴えている。 また、社会保険料は、企業側も負担する。106万円の壁を撤廃して、週20時間以上働く従業員は年収を問わず厚生年金に加入させて人数が増えれば負担が増える。中小・零細企業にとっては、これまでの最低賃金の上昇や原材料費の高騰に、新たな負担増が加わることになる。 日本商工会議所の小林健会頭は「経営者負担がいきなり増え、小規模事業者にとっては非常に大きな負担になる」と懸念を示している。政府内では、労使合意があれば企業側の負担割合を増やすといった、働く人の負担軽減案も検討されており、中小企業側についても負担を軽減する措置を求めている。 税と社会保障、全体の改革を ―こうしてみてみると、壁だらけに感じる。 「103万円の壁」の先にも、さまざまな「壁」が立ちはだかっており、税と社会保険(年金・医療)の全体を見て改革する必要がありそうだ。 こうした複雑な仕組みになった背景には、当初の制度設計が、会社員の夫とパートで働く妻といった世帯構成を前提としていたこともある。夫が養っている家族の生活を守るために「控除」という仕組みができた。 しかし、時代の変化とともに、共働き世帯も増えた。深刻な人手不足の中で、本当はもっと働きたいパートタイマーの人も一定程度いるものの、依然として「働き控え」をしているなど、社会経済の環境が変わる中で、従来の枠組みが現状に合わなくなっている側面もある。 帝国データが実施した「103万円の壁」を巡る調査でも、103万円からの引き上げではなく、撤廃すべきとの回答が2割を超えた。企業からは「古い制度は撤廃し、働いたら金額にかかわらず応分の税を徴収する文化が最も公平」(情報サービス)と、今の複雑な制度を刷新し、納税や社会保障負担の公平性を求める声も出ている。
「どこでも転勤」に高まる拒否感◆企業も対応、背景に何が
会社の命令で仕事のために全国各地に転居する「転勤」。日本企業では一般的な制度ですが、実は就活生や社会人のそれぞれ半数が、転勤がある会社は避けたいと感じていることが民間調査で分かりました。背景には何があるのか。働く人の声や企業の取り組みから探りました。(時事ドットコム取材班 ) 【過去の特集▶】 / 転勤が企業選びを左右? 企業選びの真っただ中にいる就活生は転勤についてどう考えているのか。10月中旬、就活情報会社「マイナビ」が横浜市で開催した2026年卒向けの企業研究イベントに足を運んだ。 「転勤したくない」と首を振るのは鉄道会社志望の男子学生。「親が転勤族で、転校や父の単身赴任を経験した。将来結婚して子どもができた時のことを考えると、環境がころころ変わるのはかわいそうかな」と話す。メーカー志望の女子学生は「会社を決める上で、転勤があるかどうかは大切ですね。両親が高齢なので、手伝いや将来の介護を考えると転勤の多い会社は避けたい」と語った。 また、「自分で住むところを決めたい」「意向を聞かれずに急に転勤させられるのは理不尽」との意見もあったほか、同じ金融業界でも「転勤のある大手から地元の信用金庫に志望を変えた」と話す学生もいた。 「抵抗ない」派の意見は 一方で、転勤を肯定的に受け止める声も聞かれた。映画業界などを目指す女子学生は「働く場所にこだわりはなく、やりたい仕事かどうかや給与面を重視している」と説明。商社に関心がある男子学生は「あまり抵抗はないです。新しい土地でいろいろな価値観を持つ人に出会えるのも魅力だし、成長できそう」と語った。取材に応じてくれた学生のうち、転勤否定派が8割、肯定派は2割だった。興味のある仕事かどうかに加え、今の学生の企業選びには転勤の有無が大きく関わっているようだ。 記者が会場を歩くと、ブースに「全国転勤なし」や「希望のない転勤なし」と大きく掲げている企業をいくつか見掛けた。住宅リフォーム会社の人事担当者は、「学生が転勤を意識していることは肌で感じる。希望に沿わない転勤はないことを丁寧に説明し、アピールしています」と話した。 2人に1人が「転勤あり」を回避 パーソル総合研究所は24年2~3月、20~50代の正社員1800人と就活生175人に転勤に関する調査を行った。転勤がある会社への応募・入社を避けると答えた人の割合は、社会人(中途入社した場合を想定)では49.7%、就活生では50.8%となり、2人に1人は転勤のある会社を避けることが明らかになった。 正社員1800人に転勤にどんな不安があるかを複数回答で尋ねると、「希望しない場所への配属」が44.3%で最多。回答者の属性別に分析したところ、子どもがいない既婚者は「配偶者の仕事」、子を持つ人では「子どもの教育環境」を挙げる割合が高かった。 また、転勤がある企業に勤める総合職1240人のうち、「不本意な転勤を受け入れるくらいなら会社を辞める」と考えている人は4割弱に上った。特に、20代男性や20~40代の女性、そして自分を市場価値が高い人材だと認識している回答者の場合、そうした傾向が強かった。実際に離職した人の理由としては「希望と合わなかった」「手当などのメリットが不十分」「家族への気兼ね」などを挙げる人が多かった。 同社の砂川和泉研究員は「居住地や自分らしさ、家族との時間を重視する人は、不本意な転勤をするくらいなら退職を選ぶ傾向がある。企業は転勤制度を見直す必要を迫られている」と分析する。 夫の転勤、キャリア・育児に悩む妻 突然の異動辞令は本人だけでなく、家族へも影響を及ぼす。営業職の夫と子ども2人と暮らす30代の女性会社員の家庭では10月、夫の転勤話が急きょ浮上した。女性は「6歳の子は今年小学生になったばかりで、3歳の子も保育園に通っている。友達がいる環境を変えるのはかわいそうだし、新しい土地で保育園や学童保育を探すのは大変」と不安になったという。 引っ越しとなれば数年前に購入したマンションをどうするかも悩みの種。女性と子どもが今の住居に留まり、夫が単身赴任する選択肢もあるが、そう簡単ではない。女性は今の職場で商品企画を9年担当しており、年に数回は海外出張をこなす。「ワンオペ育児になるなら出張がある今の部署から異動するしかないが、希望した仕事でこれまで経験を積み上げてきた。夫の転勤によって私自身のキャリアも宙に浮いてしまっている」と語る。 転勤制度への思いを尋ねると、「家庭の状況に応じて『転勤なし』を選べるようになってほしい。男性側に転勤が前提の働き方をされると、女性側があおりを受けることが多い。『女性はすぐ辞める』『もっと活躍してほしい』という圧力はあるのに、きちんとした制度がない」と訴えた。 「転勤強制の廃止」で悲しい退職ゼロに 働き手の価値観や家庭事情の変化を受け、金融機関やインテリア企業などでは転勤制度の見直しが進んでいる。保険業界で他社に先駆けて「望まぬ転勤の廃止」に取り組んだAIG損害保険(東京都港区)では、2018年の合併に伴う人事制度の統合の過程で、転勤見直しの議論が持ち上がった。人事部長の牧野祥一さんは「パートナーの転勤や介護といったやむを得ない事情で辞めてしまう社員がおり、こうした悲しい退職を減らしたかった」と振り返る。 19年4月に旧来の転勤制度を廃止し、社員がライフステージに合わせて、転勤を受け入れる「Mobile社員」か、希望エリアのみで働く「Non-Mobile社員」かを選べる新制度を導入。全国を11エリアに分け、社員は勤務地として希望するエリアと都道府県を申告可能とした。Non-Mobile社員は希望エリア内でのみ働き、都道府県単位の希望も可能な限り考慮される。一方、Mobile社員は希望と異なる異動を命じられることもあるが、その場合は月15万円の手当と家賃補助を受け取れる仕組みだ。 現在、対象である約4000人いる総合職のうち、65%がNon-Mobile社員。希望エリアに偏りはあるものの、Mobile社員の異動で調整できており、業務に支障は出ていない。ただ、「組織の硬直化」という課題も見えてきたそうで、「ずっとメンバーが変わらない事業所では、マンネリ化などで営業成績が落ちてしまうことがある」と牧野さん。人を入れ替えて活性化する必要性を感じ、任期制を取り入れる予定だ。 社員の希望に沿った転勤制度を導入できたAIG損保には、他企業から「どうやって実現したのか」と多くの問い合わせが寄せられているという。牧野さんは「全国転勤型の国内企業がどこも同様の制度をつくってくれたら、日本から悲しい退職をなくせるのでは」と期待を寄せた。 「確かな見返り」で転勤に付加価値を そもそもなぜ日本企業では転勤制度が根付いたのか。ニッセイ基礎研究所の河岸秀叔研究員は、職務や勤務地を定めず新卒を一括採用する、日本の「メンバーシップ型雇用」との関連を指摘。「人材育成としていろいろな部署で社員に経験を積ませたり、事業上の都合から空いたポストに人材を配置したりすることが企業にとって一般的で、こうしたやり方を進めるためには転勤は必要な仕組みだった」と説明する。 河岸研究員によると、転勤制度は夫婦のどちらかが働き、家族帯同での赴任が当たり前だった時代に設計されたもので、現代の家族の形には合わなくなってきた。「共働きをしながら育児や親の介護をする家庭が増え、転勤が家族に与える負担が以前よりも増している」という。 日本の転勤制度はどう変わっていくべきなのか。先に紹介したパーソル総合研究所の砂川和泉研究員は、「昔は、将来の昇進や自分の成長につながるという期待が転勤を受け入れるモチベーションになっていたが、今はこうした不確実なメリットは転勤受諾につながりにくい」と分析。十分な金銭的手当や本人がやりたい仕事内容への変更といった「確かな見返り」を用意し、転勤の負担感を軽減させる対応が求められるという。 時代に合った働き方として、砂川研究員はフルリモート勤務への移行や、一時的な「転勤なしコース」の設定などを提案する。フルリモート勤務については、「人と会わない働き方は個人の好みも分かれる上、社内の人間関係構築がうまくいかなくなるケースもあるため、企業側のフォローが不可欠だ」と強調。転勤なしコースを導入する場合は待遇面の配慮が重要とし、「転勤なしの社員の給与を下げた場合、やる気の低下につながることが分かってきた。むしろ転勤受諾者に手当を上乗せして、モチベーションを維持してもらう対応が有効でしょう」とアドバイスした。 この記事は、時事通信社とYahoo!ニュースの共同連携企画です。
金利上昇で商機 銀行店舗を“居る場所”化?
大手銀行を中心に、対面の相談や口座開設などに機能を絞った新形態店舗の出店や計画発表が相次いでいる。「金利ある世界」の到来で、個人の資産運用機運が高まっていることに加え、銀行に預金獲得のうまみが出てきていることが背景だ。長年にわたった超低金利下の厳しい経営環境で店舗網縮小やデジタル化を推進してきた銀行業界に、「リアル」な顧客接点を再評価する動きが広がっている。(時事通信経済部 岩田馨) 銀行を「居る場所」に 「銀行店舗を『行く場所』から『居る場所』に変えていく」。三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)の中島達社長は、5月に東京都渋谷区にオープンさせた個人向け新型店舗「Olive LOUNGE(オリーブラウンジ)渋谷店」の内覧会で狙いをアピールした。 三井住友銀行の渋谷支店を改装したもので、1階にはコーヒーチェーン「スターバックス」の店舗を併設。ゆったりとした空間で口座開設や資産運用の相談ができるほか、2階には時間貸しのコワーキングスペースがあり、利用者は打ち合わせや商談、勉強をしながら自由に飲み物を飲むこともできる。店に入ると、番号札を受け取ってカウンターの前で呼ばれるのを待つといった従来の銀行のイメージからはかけ離れた雰囲気だ。 SMFGでは昨年から、銀行口座とクレジットカード、証券、保険などを一つのアプリ上で完結するサービス「オリーブ」を展開。カルチュア・コンビニエンス・クラブの「Tポイント」と統合した「Vポイント」も売りに、デジタル分野での経済圏拡大を推進してきた。オリーブラウンジはその「広告塔」としての役割も担う。スタバ利用で10%のポイント還元を受けられることもあり、渋谷店には開店後の来店数が1日1450件と改装前(50件)の約30倍に増加。銀行フロアへの来客も1日175件に増えたという。 三井住友銀はこれまで、合併前の旧行支店の重複解消やコスト削減のため拠点の統廃合を進めてきた。ただ、中島氏は「変えてはいけないものがある」と指摘。「何かあればそこに行って銀行員に相談できることがお客さまの安心につながっていく。店舗は信用、信頼、安心の源泉だ」とリアルの重要性も強調する。 三井住友銀は「デジタルとリアルのハイブリッドチャネル戦略」を掲げ、改装や移転によって現在約380カ所ある有人店舗のうち250カ所程度を、2025年度末までに個人向けの窓口業務や運用、アプリ利用相談などに機能を絞った軽量店舗へ転換することを計画。このうち一定程度をオリーブラウンジとする方向で、10月には世田谷区・下高井戸に2号店をオープンさせている。 相談ニーズ「爆発的広がり」 りそな銀行は11月17日、奈良県大和郡山市のイオンモール内に新形態店舗「りそな!n(イン)」の1号店を開設した。支店の統廃合や改装ではなく、約6年半ぶりの純粋な新規出店だ。 りそなインは、口座開設のほか、資産運用などの対面相談に特化した店舗で、土日も営業する。特徴的なのは、趣味や結婚、健康、マイホーム選びなど、人生のさまざまな悩みや関心事などをテーマにしたセミナーを専門の講師を招いて実施し、集客の仕掛けとすることだ。 岩永省一社長は「生活の全てに金融との接点がある」と説明。セミナー参加や買い物のついでに立ち寄った人々に、資産運用や各種ローン、相続対策といった解決策を提案していくのが狙いだ。新NISA(少額投資非課税制度)開始も踏まえ、「顧客の(対面相談の)ニーズが爆発的に広がり始めている」とも語り、来年9月までに商業施設や駅ナカなど10カ所程度にりそなインを出店する考えを示す。 一方、三菱UFJ銀行は今年9月以降、長野県軽井沢町や愛知県長久手市、千葉県流山市のショッピングモールに期間限定で個人向けの小型店舗を試験的に設置した。資産運用や相続、住宅ローンなどの相談に特化した店舗で、ニーズを見極めた上で来年から本格展開することを視野に入れている。 三菱UFJフィナンシャル・グループの亀沢宏規社長は、店舗網を大幅に縮小してきたこれまでの路線を転換し、「これからは商業地域に店舗を増やしていく」と強調する。三菱UFJ銀は来年度入社から、顧客対応を中心に支店経営のプロを目指す採用枠を設けるなど、対面相談の人材育成にも力を入れる。 大手行ではこのほか、みずほ銀行も11月7日、資産運用の相談や口座開設などに特化した新形態の小型店舗「みずほのアトリエ」の出店計画を発表した。来年3月に神奈川県内のショッピングモールに設置する2店舗を手始めに、全320~330店舗のうち約70カ所を移転・改装し、「アトリエ」に転換する方針だ。 これら各行の新型店舗はいずれも、人流の多さや立ち寄りやすさを意識しており、週末も営業している点が共通している。これまでの駅前を中心とした面的な店舗展開とは一線を画す動きだ。 店舗数、30年間で6割減 江戸川大学の杉山敏啓教授の集計によると、大手銀行の有人店舗数(店舗内店舗などを除いた実拠点ベース)は1993年の4045カ所をピークに減少。2023年には1656カ所と6割減にまで落ち込んでいる。 銀行業界では、超低金利下の厳しい経営環境が長年にわたって続き、営業から業務、審査部門までそろえ、多数の人員を配置する従来型支店の維持コストが収益の重しとなってきた。また、人口減少への対応や、他行と統合・合併による重複店舗解消の必要もあり、各行ともこれまで店舗網を大きく縮小させてきた。 こうした流れはデジタル化の進展でさらに加速。特にコロナ禍を経てオンライン取引が普及し、多くの手続きはスマホさえあれば家にいてもできるようになったことで、銀行店舗を訪れる必要性は薄れてきた。 全国銀行協会が今年実施したオンライン調査では、銀行窓口を月1回以上利用する人の割合は23・9%と、18年の調査(27・5%)から低下。一方、スマホ向けのネットバンキングを月1回以上利用した人の割合は30・5%(18年は12・8%)と大幅に伸びて窓口利用を逆転し、オンラインシフトが鮮明となっている。 競うデジタル・リアル融合 ただ、杉山教授は「実店舗を縮小してオンライン取引にシフトする戦略だけでは、ネット専業銀行と比べた競争優位性が発揮できない」と指摘する。 コスト面でネット専業行に劣る大手行は、預金金利などの優遇を売りに勝負するのは難しい。各行が新形態の店舗を打ち出す背景には、「リアルチャネルを持つことの競争優位性を保持して、既存顧客をネット勢に取られないよう防衛したり、新規口座獲得で競り負けたりしないようにする」(杉山教授)という差別化戦略への転換があるとみられる。 ある大手行幹部は「店舗にはものすごくコストがかかっていたのでいっぺんに減らしてしまい、肝心の相談場所がなくなっている」と語り、顧客の利便性を犠牲にした行き過ぎた店舗網縮小の弊害を認める。 折しも、金利上昇によって銀行は融資や市場運用の利ざやが改善。収益拡大の機会が広がる中、その運用原資となる預金を獲得する重要性も増してきている。特に他行などへの流出が起こりにくい「粘着性」の高い預金が必要とされ、個人顧客をつなぎとめるさまざまな仕掛けが求められるようになったことも、リアル再評価の背景だ。 住信SBIネット銀行やauじぶん銀行といった住宅ローンの低金利などを売りにしてきたネット専業銀行にも対面の相談拠点を拡充する動きが出ており、銀行業界はデジタルとリアルの融合を競う新たなフェーズに入ったと言えそうだ。 もっとも、店舗を新形態に変えても「保険商品や投資信託が飛ぶように売れるとは考えにくい」(杉山教授)のが実情。来店数が増えても、粘着性の高い預金増加にどれだけ寄与するかも未知数だ。恐らく、立ち寄ってコーヒーを飲んだだけ、話を聞いてみただけで終わってしまうケースも少なくないだろう。 新形態の店舗の多くは商業施設などにテナントとして入居し、運営コストが少なく機動的に展開できる点がメリットではある。ただ、店舗単位の採算だけで安易に出店・撤退を繰り返せば、銀行の信頼失墜にもつながりかねない。必ずしも店舗に紐付かないオンライン取引が加速する流れに変わりはないとすれば、こうした新形態店舗の収益貢献度をどう評価していくかも課題となりそうだ。
自民党は野党切り崩しに走る◆大阪経済大・秦准教授
先の衆院選で少数与党に陥った石破政権と、躍進した野党との本格的な国会論戦が週明けから始まる。今回の有権者の判断や、注目を集める国民民主党の今後など、政局の展望について政治学者の秦正樹・大阪経済大准教授(36)に聞いた。(時事通信政治部 眞田和宏) 「是々非々」が世論の総意 〈10月27日投開票の衆院選で自民、公明両党は215議席にとどまり、過半数の233議席に達しなかった。これに対し立憲民主党は公示前から50議席増の148議席、国民民主党は4倍増の28議席に。秦氏はインターネットを使った有権者の意識調査を実施した。投開票日前の調査の有効回答は3512人。選挙後には追跡調査を行い2182人から回答を得た。〉 ―衆院選の結果をどう見るか。 調査で政権交代はときどき起きた方がよいと思うかを聞いたところ、「そう思う」が33%、「ややそう思う」が27%。6割は政権交代を望んでいた。さらに、自民に対抗できる野党が必要だと思うかを聞くと、80%近くが必要と答えた。基本的には政権交代を望む有権者が多く、自公過半数割れは有権者が望んだ結果だと言える。選挙後の追跡調査でも全体として6割ほどが自公過半数割れを「よかった」と回答している。 一方、「野党は与党を批判することよりも対話と対案を示すことに重点を置くべきだ」という設問では「そう思う」と「ややそう思う」は合計で71.5%に上った。支持政党は関係なく、野党の「是々非々」路線が世論の総意になっていると言っていい。 国民民主は政策実現を第一に掲げ、対立でなく政策という姿勢は一本筋が通っており、有権者に評価されたのではないか。 ―国民民主が支持を集めたのはなぜか。 今回いきなり「花咲いた」というわけではない。2022年参院選での、ある報道機関の出口調査で、ほとんどの世代で投票先の上位が自民、立民、維新だったが、10~20代だけは維新ではなく国民民主だった。若い人の間ではその芽があったと言える。 自民派閥の裏金問題で、これまで自民に投票してきた人たちが国民民主という選択肢を見る機会となった。野党の中で主要な選択肢となるのは事実上、立民、日本維新の会、国民民主だ。今回は結果的に維新はそこから消え、立民か国民民主の二択になった。国民民主が勝ちやすい構造になっていた。 ―維新が選択肢として消えたのはなぜか。 馬場伸幸代表の好感度や認知度が極端に低いのと、党運営への不信感からだ。各党の党首らの好感度を調査したが、他党の党首と比べ馬場氏はかなり低く、そもそも維新の代表が誰か知らないとする人も4割に上った。 党運営については、今年の通常国会での政治資金規正法改正の議論で、維新が衆院で与党案に賛成したことは多くの有権者にとって納得できるものではなかった。参院で反対に回ったとはいえ、維新は自民と「同じ穴のムジナ」とみなされたのだと思う。 維新が参院で与党案に反対したのは、自分たちが求めた調査研究広報滞在費(旧文通費)改革を自民が聞いてくれなかったからだ。法案の良しあしではなく、自分たちの要求を聞いてくれなかったから反対した、というのは、是々非々を求める有権者からすれば「わがまま」にしか見えなかったのではないか。 立民・国民「勝利」に違い ―立民も議席を大幅に伸ばした。 比例代表について投票日前日までの4日間(10月23~26日)で約900サンプルずつ取って調べたところ、終盤にかけて自民が失速して立民が伸びた。自民が、非公認とした候補が代表を務める党支部に2000万円を支給した問題が発覚した頃だ。 自民の「比例得票率」が時間を追うごとにどうなっているか調べ、回帰直線にすると、投票日前日まで右肩下がりとなった。あくまで統計学的な推定結果だが、1時間ごとに0.08%ずつ得票率が減っていた計算になる。裏金問題でもともと低いトレンドに加え、2000万円問題があり、さらに自民を支持できない世論が醸成された。 立民は50議席増だが、比例では6議席しか増えていない。44議席は小選挙区での勝利だ。野党共闘もせずに小選挙区でこれだけ勝てたのは大きな成果だが、立民が積極的に支持されたとは言いがたい。 国民民主は小選挙区への擁立数が少なく、比例で国民民主に投じた有権者の(小選挙区での)選択肢としては、立民にならざるを得ない選挙区も多かった。自公以外で勝てそうな次善の候補に入れる「戦略投票」に助けられて、立民は小選挙区で勝てたのだと思う。部分的にではあるが、野党支持者の間で実質的な「野党共闘」が起きていたとも言えるだろう。 立民は本質的な意味では勝ててはおらず、候補者を一番多く出していたことが効いて漁夫の利を得たに過ぎないとも言える。国民民主が積極的な支持を得たのとは構造的に違いがあった。 ―追跡調査では何が分かったのか。 例えば選挙結果について「どういう気持ちか」を聞いてみた。怒りや喜び、悲しみ、不安などを聞くと当然、喜びや悲しみの感情は投票した政党の勝敗によって異なる。 興味深かったのは、どの政党に投票した人も共通して「不安」が一番強い感情だった。(2009年の)民主党への政権交代が起こった時は有権者に一種の高揚感があり、不安を上回る期待があったが、今回は与党が過半数割れしても期待はなく不安な気持ちしかないことが現れている。自民党への不信感もさることながら、野党もまとまっていないことも不安を増幅させる要因だろう。 国民民主は自転車操業 ―国民民主への支持は続くか。 来年夏の参院選まで有権者の期待感はある程度あるだろうが、それも長くは続かない可能性が高いと考えている。 今回、国民民主が支持されたのは「103万円の壁」見直しを訴えたことが大きいが、それを達成したら、有権者は国民民主に価値を見いだしにくくなる。 国民民主は所得税の基礎控除などを103万円から178万円に引き上げることを主張しているが、引き上げ幅が主張通りになるかは分からない。与党との協議で強固に178万円への引き上げを主張し続けるなど強引な姿勢を示しすぎると「是々非々」ではなく「反対野党」に見えてしまうリスクも抱えている。 一方、維新は旧文通費改革や「身を切る改革」を打ち出し、21年衆院選などで支持を得てきた。しかしその後、旧文通費改革は実現できておらず、さらに同じ野党の側にまで批判を向けて足並みをそろえないなどの奇妙なスタンドプレーが目立ち、有権者の関心を失った。 国民民主がそれを避けるには、ある程度のところで政策は実現できたと決着をつけ、また別の政策メニューを持ってきて仕掛けるという「自転車操業」をしなければならない。「103万円の壁」に匹敵する新たな手を打ち出せるかどうかに懸かっている。ただ、それはなかなか難しいのではないか。 ―国民民主の連立政権入りの可能性は。 報道機関の世論調査で「野党のままでいるべきか」「連立入りすべきか」「政策ごとの協力」を聞くと、「政策ごとの協力」が半数を占め、次いで「野党のまま」が3割強、「連立入り」は1割にすぎないという結果だった。 国民民主は今回、自民批判票で勝った政党だ。22年度政府予算に野党として異例の賛成をしたころからの支持者は連立入りに抵抗感は少ないだろうが、今回新たに国民民主に投票した人たちは意識がかなり違うのではないか。議席数で例えれば、公示前の7議席分の支持者は「連立与党(入り)やむなし」と考えるだろうが、今回増えた21議席分の支持者は「野党の方がいい」と割れるのではないか。 ―石破首相の政権運営の今後は。 自民が単独過半数に届かなかった1996年衆院選の後、野中広務幹事長代理(当時)が新進党を切り崩し、単独過半数を回復させたことが思い起こされる。自民は権力に貪欲だ。手をこまねいて少数与党に甘んじているとは考えづらい。参院選に向けて野党の切り崩しに走る可能性も十分にあると予想している。 (2024年11月29日掲載) 関連記事
「日本人は滅びる」論争について考える◆京都大大学院教授・藤井聡
少し前の話だが、ユニクロの柳井正会長(ファーストリテイリング会長兼社長)の発言が、ネットやメディア上で話題になったことがあった。柳井氏は民放テレビ番組のインタビューで衰退する日本経済について語り、「このままでは日本人は滅びる」との見解を示した。そして「少数の若者で大勢の高齢者を支えるためには、少数精鋭で労働生産性を上げ、海外からの移民や知的労働者を増やすべきだ」と述べた。この中の「海外からの移民を増やすべし」との発言に関しては、主として保守的な考えを持つ人々から強い反発が巻き起こると同時に、柳井氏のような財界の方々からは擁護する意見も出された。 労働生産性が低い一番の理由 筆者はこの手の言論、つまり「今の日本はヤバい!」と危機感をあおった上で、その対策として「労働生産性の向上」だの「移民拡大」だの「知的労働者の拡大」だのを主張するビジネスマンたちの声を聞くたびに、誠にもってウンザリした気分になる。会社経営者としてのミクロな視点から、「マクロな経済」について上から目線で意見を言うその傲慢(ごうまん)な態度に、へきえきしてしまうのだ。 そもそも会社経営のミクロな論理は、マクロな経済政策には全く通用しない。柳井氏の指摘を聞く限り、経済成長のための経済財政政策についてはまったくの素人だと指摘せざるを得ない。にもかかわらず、上から目線で移民を入れろだの、少数精鋭で生産性を上げろだのと言うのは、筋違いも甚だしい。 現下の労働生産性が低い原因は、供給側にあるというよりも、まず需要が少ないこと(デフレ)にある。こうしたマクロ経済のいろはの「い」というべき基本認識が、柳井氏には欠けている。裕福な客が多いところで商売すれば売り上げが増え、結果的に労働生産性が上がるが、貧しい客しかいないところでは、たとえ全く同じ商店であっても売り上げが伸びず、労働生産性は下げるほかない。デフレの今、労働生産性を上げるためには、消費税減税や公共投資拡大などを通して内需を拡大し、「高圧経済」状況をつくり、デフレ脱却を果たす以外にない。 しかもそうすれば1人あたりの所得も納税額・社会保険料も拡大し、限られた労働人口でより多くの高齢者を支えることも可能となる。同時に日本の経済規模も拡大し、「日本が滅びる」という事態を回避することが可能となるのだ。 デフレ下で移民を拡大したらどうなるか デフレ状況を放置したまま、柳井氏の言うように移民を拡大すれば、労働市場の供給量が増え、平均的な賃金は必然的に下落する。結果、長期的に各業界の人手不足はかえって加速すると同時に、平均賃金の下落を通して民需は縮小し、デフレが加速し、ますます労働生産性も経済規模(GDP)も下落する。 ちなみに高額所得の移民だけを拡大したとしても、労働市場の供給量が増える以上、(その移民によって、よほどの抜本的輸出拡大でも生じない限り)プロセスの帰結は同じだ。それどころか平均賃金が下落する中、各企業が無理をして高額所得者の移民の受け入れ拡大を行った場合、日本人労働者の賃金が相対的にさらに下落し、賃金格差が拡大し、(高額所得者の方が、消費性向が低いが故に)それを通して必然的にデフレはさらに加速することとなろう。 しかも、「移民拡大」のいたずらな加速は、社会秩序の劣化を招くこともまた不可避だ。おおよそ移民というものは単なる「労働力」ではない。彼らは「一人の労働者」であると同時に、われわれと異なる生活習慣や文化や宗教を持つ「一人の人間」である。したがって、あらゆる社会・国家において移民を引き受けることができるキャパシティ(容量)というものがあるのだ。それを超過して移民を引き受ければ、移民によるメリットをはるかに上回るデメリットが社会にもたらされる。実際、トランプ氏が前々回の米大統領選で勝利したのも、イギリスが欧州連合(EU)を離脱したのも全て、移民によるデメリットが極めて深刻な水準に至ったからである。 今や世界の政治や経済のトレンドを知る人間にとって、移民問題こそが最大の問題の一つになっていることは常識の範疇(はんちゅう)にある。柳井氏はそうした世界の現実をわきまえた上で発言されたのだろうか? 私にはそのようには思えない。安易に移民に頼ることは、日本の崩壊をさらに加速させかねない愚策である。だからこそ、柳井氏の発言はネット上で大きな反発を呼ぶことになったのだ。 ユニクロの世界的成功は、「経営者」として賞賛されるべき偉業の一つではあるのだろう。しかしだからといって、その影響力は大きいだけに、生半可な知識でマクロ経済や移民政策にまで口を出すべきではない。それはさながらスポーツの世界や小さな蛸壺(たこつぼ)のような学会の中だけで大成功した者が、あらゆる政治経済問題に軽率に口を出し、炎上し続ける滑稽な姿と何ら変わらないのではないか。(2024年12月3日掲載) ◇ ◇ ◇ 藤井 聡(ふじい さとし) 京都大学大学院工学研究科教授、1968年生。京都大学卒業後、スウェーデン・イエテボリ大学心理学科客員研究員、東京工業大学教授等を経て現職。2012年から2018年まで安倍内閣内閣官房参与。専門は、国土計画・経済政策等の公共政策論。文部科学大臣表彰等、受賞多数。著書「ゼロコロナという病」「こうすれば絶対良くなる日本経済」「大衆社会の処方箋」「列島強靭化論」等多数。テレビ、新聞、雑誌等で言論・執筆活動を展開。東京MXテレビ「東京ホンマもん教室」、朝日放送「正義のミカタ」、関西テレビ「報道ランナー」、KBS京都「藤井聡のあるがままラジオ」等のレギュラー解説者。2018年より表現者クライテリオン編集長。
大谷選手やメダリスト登場 恒例の「変わり羽子板」―東京
米大リーグの大谷翔平選手、陸上女子やり投げの北口榛花選手ら2024年に話題となった人物を描いた恒例の「変わり羽子板」=3日午前、東京都台東区の久月本社 今年話題になった人物を描いた恒例の「変わり羽子板」が3日、東京都台東区の人形専門店「久月」本社で披露された。・ドジャースで史上初の「50―50」を達成した翔平選手やのメダリストら17人がお目見えした。 10月に第102代首相に就任した石破茂氏や、返り咲きを決めたドナルド・次期米大統領らも選ばれた。米エミー賞で史上最多の18冠に輝いた時代劇ドラマ「SHOGUN 将軍」の主演真田広之さんのほか、パリ五輪からは92年ぶりとなる馬術での日本勢メダル獲得を受け、馬1頭も登場した。 久月の横山久俊社長(42)は「今年は大谷選手の活躍やパリ五輪などいろいろな話題があった。一年を振り返り、少しでも明るい気持ちになってほしい」と話した。 変わり羽子板は今年で39回目。5日まで本社で公開後、全国各地の百貨店などで展示される。
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