今月2日に発表された「秋の褒章」で将棋の九段(40)にが贈られた。棋界では16人目、最年少での受章。過去の功績に対する栄誉だが、前名人の視線は過去には向かってはいない。目の前の勝負に、そして未来の自分に焦点を合わせている。8日の第83期・A級順位戦5回戦・佐々木勇気八段(30)戦を前に聞いた。
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テーブルを彩る装花の向こう側で渡辺明は笑っている。
尋ねたかったのは、これまでのことではなかった。これからのことだった。
紫綬褒章受章会見である。過去の業績を聞くのが常道だろう。
けれど、渡辺に問うのにふさわしいのは未来の可能性だった。彼はまだ若く、頂点をめぐる戦いを続けているのだから。
「これからファンが最も期待するのは名人からタイトルを取るシーンだと思います。藤井さんからタイトルを取ることに対する感情は」
渡辺は「今まで結果が出ていなくて、自分の方がだいぶ年長なので現実的には難しいだろうとは思いますけど」と前置きした上で、勝負師として言った。
「ただ、完全に諦めているという気持ちでもないので。完全に諦めたら、もう研究とかしないと思う。研究への熱量は変わらずに来られています。自分が元々いたポジションに戻ることに関してはまだ諦めているわけじゃない」
藤井とのタイトル戦は過去6度あり、全て敗れている。前期の名人戦でも挑戦を受けて失冠し、19年ぶりの無冠に転落した。
長く頂点に君臨した棋士が雪辱を期していないわけはない。でも、あえて口にはしないだろうと思った。以前、彼は言っていたのだ。「言葉は残る。軽々しく言って、無理だったじゃんってなるより、言わずに意外とできたじゃんって方がいい」
ところが、晴れの席に着いた渡辺は報道陣の前で明確な言葉を発した。七冠を持つ22歳に勝つ、という覚悟を表明した40歳の言葉は問うた側の心に響くものだった。
フォトセッションが終わった後、別室で渡辺にインタビューの時間をもらっていた。主題は紫綬褒章ではない。順位戦である。そして「今とこれから」について。
――最初の「順位戦の記憶」は。
「中学生の時、順位戦の記録…